お客には元気で目立つ人と、おとなしくて目立たない人がいる。
目立つ人が印象に残ると思われがちだが、これは僕の性格からか、目立たない人が印象に残っている
場合が多い。
35年前の藤原素子がそうだった。彼女の周りに元気な人が多かったせいか、彼女は目立たなかった。
女優をしながらバイトで歌をうたっていることは聞いていたが、僕は観たことがなかった。
俳優や歌手の卵が多く集う店で、彼女はそこに紛れていた。
しかし友人達の話に、にこやかに相槌を打つそのたたずまいが、僕には印象深かった。
強さも感じていた。
何年も経ってから彼女がシャンソン歌手になると聞いた。
店にチラシを持ってきたり、DMをもらったりした。
余談だが月に四、五通のDM(芝居、ライヴ、ダンス、書道、生け花に至るまで)が届くが、案内文で
感心させられるのは、彼女だけだ。日常のことをさらりと書いて最後に、お願いします。と。

DMをもらっても店がある為なかなか行かれない。そんな折に、店に数年だけカラオケを置いたことがあった。
一曲100円、取らないからと、素子にリクエストした。
カラオケはチョット、と嫌がる素子にマイクを渡し強引に入れた。
歌にはー広場に埋め尽くされた100万本のバラ、誰かのいたずらかと思う女優、息を殺して女優を見つめる
貧しい絵描きーが僕には、はっきり見えた。

三年前の10月新橋第一ホテルのランチショーにやっと行くことが出来た。
そして先日6月27日銀座TACTの藤原素子のライヴに行った。
僕はシャンソンと銘打ったライヴは、友人に無理矢理連れて行かれた深緑夏代という知らない人だった。
僕は自他共に公認する演歌しか知らない男だ。
越路吹雪も美輪明宏の歌も、僕の好きな歌は全部演歌だと思っていた。
シャンソン歌手として知ったのは、金子ゆかりが初めてだと思っていた。
またしても余談だが、明治座だかの観劇の後、偶然美輪明宏さんにお会いして、車で新宿まで送ってもらった
事がある。美輪さんは運転しながら「最近何かいいもの観た?」「はい、金子ゆかりが素晴らしかったです」
あ、いけね!同業者だったと一瞬思う僕。
「良かったわあの娘、一生懸命やってたもの」優しくサラッと言った。
その頃、金子ゆかりは凄い人気だった。
またしてもテレビではない小さな会話に、美輪さんの深さを知る。

スポットライトを浴びて「ろくでなし」を歌う素子は、越路吹雪でも美輪明宏でも金子ゆかりでもない
ざわついていても印象に残る凛とした藤原素子だった。
僕は35年前に店で原石を見ていたのかもしれない。
水島