「お父さんが学生の頃、年中ここに来てたんだ」
「・・・そうなんだ」と息子。
そう言えば大出君(仮名)が学生の頃、年中通ってくれていた。
長野から上京して東京の大学に通っていた。卒業後東京で就職もしたらしいが
長野の善光寺の参道にある老舗の店を継ぐため、故郷に帰ったと聞いた。
帰郷してからは5年に一回というペースだが上京の折に寄ってくれた。
そんな大出君が今回は息子を連れて来た。
親と同じように東京の大学に通っている息子の様子を上京ついでに見に来たと言う。
一緒に食事をした後だと言うが、少し酔っている。
「この店のマスターは何でも知っているから、これからここに通って何でも相談しろ」
息子は緊張しているのか、黙っている。
親は若い頃からよくしゃべるが、息子はおとなしいのか。
「そうだよ。東京で一人暮らしだったらいろいろあるだろう。何でもわかるから
何でも相談しにきなよ。ただし病気と金はわからない。得意分野は恋愛とセックス」
緊張をほぐそうと言ってみたが、父親は大声で笑って、息子は黙ったまま。
「マスター、俺最近シャキッとしないけど、どうしたらいい?」父親が聞く。
こっちが聞きたいくらいだと言うのをやめて
「週二回は出してるといいらしいよ。年取って出さないと身体が必要ないんだと
製造を止めてしまうから、小便だけの機能になるんだと」聞きかじりを言ってみる。
くだらない下ネタが続いて父親だけが上機嫌で二人は帰って行った。
それから10日程して開店すぐに若者が一人で来た。
「あれ、初めてじゃないよね?」「はい、前に父親と」
僕は客の顔が三回来ないと覚えられない。江上君(従業員)も同じだ。
そこへいくと元従業員の今泉君は一回来ると顔も話した内容も覚えていて二回目でも
話が弾む。僕と江上君は客が帰った後も、誰でしたっけ?と。
若者を思い出した僕は「よく来てくれたね、まあ、座って」
ここ十年くらいか、当時やんちゃだった客が成人した娘息子を連れて来てくれることが
多くなった。これは僕にある種の感動を与え、継続の醍醐味を味わう。
同じ店で同じ場所で、やんちゃだった客が親の顔で、当時の自分と同じ年代の子供を連れて来る。
カウンターの中からやんちゃだった頃の親と今の子供をだぶらせる。
子供を見つめる親のその目じりの皺に空白の感動を覚えるのだ。
若者を思い出した僕は「よく来てくれたね」と。
親が子供を連れて来てくれる事は多いが、その子供が通うことは滅多に、いや全くない。
親のテリトリーを犯したくないのか、親より年上の爺さんマスターじゃつまらないのか。
「あの~悩みを聞いてくれるって、この前」若者から切り出す。「ああ、何でも聞くよ」
「僕、彼女がいるんです。親にはまだ内緒ですけど」「わかった。言わない」
「僕、上に乗ってもらうほうが好きなんですけど、彼女が嫌がるんです」「・・・。」
気を取り直して聞く。「それってセックスの話? 騎乗位の事?」「はい」
「何で騎乗位が好きなの?」「顔見れるし、両手も使えるし」
「正常位だって顔見れるし、両手も使えるじゃん」「彼女横向いたり顔隠したりするんです」
わかった、と僕。得意分野の相談だしとゆっくりと話す。
「彼女二十歳で真面目で可愛い娘なんでしょ? 顔見られるのが恥ずかしいんだよ、きっと。
だから彼女の好むカタチで優しくしてやるといいよ。無理強いしないで。どうせ後10年もしたら
イヤでも上からドスドス乗ってくるから」得意分野は言いすぎる事も多い。
「・・・わかりました、優しくですね」若者は今の彼女を想像してドスドスの意味がわからないだろう。
若者は納得して帰って行った、多分。
ああ、草原の輝きや青い山脈が懐かしい。
こんなに汚れちまった僕。